今は昔のバブルの頃、この時の20代は今までの価値やわびさびを無視して突拍子もないことをするので得体の知れない人として、「新人類」と呼ばれるようになりました。
よくテレビで、ミニスカートでお立ち台や◯◯族と呼ばれて原宿のホコ天で踊っていた世代です。
バブルの頃の模様
バブルっていつの頃やん、90年代と言われので、ざっくり25年は昔のこと。ちょうど時代は昭和から平成になった頃です。この頃の日本はバブルと言うだけあって、経済はイケイケドンドン、土地の値段はうなぎのぼり。
金利は普通預金でも2パーセント位あり、郵貯なんかは8パーセントを超えていた。10年定期の満期になれば、元金の倍近くになっていた昔話はよく聞きかされます。
さらに就職なんて内定は5〜6社というのは当たり前で、二桁超える学生もいました。当然人手が足らないので、企業もあの手この手で囲い込みがされていました。
人が集まり難かった中小企業では、入社したら車あげるなどといったニュースが流れ、今では考えられない就職戦線でした。
会社によっては、入社した年のボーナスが立っていた(つまり100万くらい)と豪語していた人もいました。
バブル崩壊が起きてそして今
そんでもって平成も30年が経とうとしている今では、まるで無かったかのような感覚。あれは夢や妄想だったのだろか?という勢い。
しかもその時の20代と呼ばれた若者は、しっかりオッさんオバさんから、老年期に片足っこみそうな御世代。会社でいえば、部課長やそれ以上の役職者がその頃の人々だったのです。
世代的には、最近呼ばれているアラフィフから50代半ばの人達です。今の20代の親であったり上司でもあるこの世代。そしてある意味、この経済を動かしている中核だったりもします。
昔若いときは自由とか形に囚われない、古いしきたりはダサいと言いまくっていたのが、今では「ガチ」しか手を出さない。なるべくなら人と同じことをしている。それ位に発想や行動がガッチガッチに乏しくなってしまいました。
新しいことを起こそうとしたパワーを再び
やっぱり年をとると、守る側に入ってしまうものだろうか。
やれブラック企業だ過労死だと問題を起こしているのは、バブルに替えようとした若者。そして苦しんでいるのは今の若者で、この状態を変えたいという志は、時代や世代が変わっても変わらない様な気がします。
古きものに立ち向かった青年達のが発した、新しいものに立ち向かうパワーが再びあれば、閉塞漂う今の世を変えられなくもない気がしてならない。